足利の夜を静かに照らすランプの灯り。その光に導かれるように、半世紀以上もの間、人々が集い続けている屋台があります。
1971年の創業以来、足利の街の風景と共に歩んできたカフェ・アラジン。
その間、街並みは大きく変わり、人々の暮らしも様変わりしました。しかし、この屋台が守り続けてきたものは、半世紀を経た今も変わることはありません。
一杯のコーヒーを通じて、時代を超えて人々の心を温め続けてきたこの小さな屋台の物語を店主プロフィール、経歴を通し紐解いていきたいと思います。
- 屋台カフェ・アラジン移転先情報
- 屋台カフェ・アラジンの歴史
- 屋台カフェ・アラジンの魅力
- 屋台カフェ・アラジンの店主
- 利用者の声
憧れのコーヒー屋台「カフェ アラジン」へ。足利市で開業52年。カップを温めながら、ネルドリップで丁寧にコーヒーを淹れてくれた。オイルランタンの匂い、コオロギの鳴き声。マスターの話を聞きながら、もう一杯おかわり。世界珈琲文化遺産があれば必ず登録していただきたい。夢のような時間でした。 pic.twitter.com/SF8FECtVf1
— あだちゅう (@yu_adachi) September 25, 2023
栃木県足利市の屋台カフェ、アラジンについて興味のある方は、是非ご覧ください。
屋台カフェ・アラジン移転先情報
- 新住所 :足利市旭町847-12
- 営業時間:17:00~22:00(夏季・冬季共通)
*土日祝は15:00頃から営業
*天候により営業時間の変更・臨時休業あり
かつて足利女子高校脇の歩道で営業していた同店は、学校の統合による新校舎整備計画に伴い移転を余儀なくされました。しかし、常連客である開倫塾日本語学校の林明夫塾長の提案により、同塾の駐車場内への移転が実現。敷地奥にはカーポートも設置され、少雨程度であれば営業が可能となっています。
これまで雨天時は営業を断念せざるを得なかった同店にとって、この移転は大きな転機となりました。ただし次郎さんは「強風対策はこれからの課題」と話しており、天候との闘いは今なお続いています。
屋台カフェ・アラジンの歴史
- 1971年:阿部弥四郎氏が65歳で開業
- 1985年:息子の哲夫さん・次郎さんが事業継承
- 2021年:創業50周年を迎える
- 2024年:移転、53周年を迎える
創業期の物語(1971年~)
家族の反対を押し切っての船出でした。阿部弥四郎氏、当時65歳という高齢での屋台開業に、四人兄弟の中で賛成したのは妹さんだけだったといいます。場所は家の近くの四辻を選び、そこには川が流れ、田んぼがあり、大きなイチョウの木もある閑静な場所でした。
繁栄期(1970年代)
高度経済成長期の真っ只中、足利は繊維工業で活気に溢れていました。近隣の工場で働く人々が仕事帰りにアラジンに立ち寄り、連日大賑わい。冬には一斗缶で焚き火をし、火にあたりながらコーヒーを飲む光景が日常となっていました。
継承期(1980年代前半)
次郎さんは当初、郵便局員として働いていましたが、仕事後にアラジンを手伝うようになります。「最初は慣れなくて、ありがとう、いらっしゃいませも上手く言えなかった」とのこと。やがて屋台の仕事に魅了され、郵便局を退職してアラジンに専念することを決意します。
営業時間は夕方17時から。メニューは一杯500円のコーヒーのみ。屋台ゆえに天候に応じて臨時休業あり。
— 甲斐みのり/ロルstaff (@minori_loule) May 4, 2023
NHK「ドキュメント72時間」で、「小さな屋台カフェ 千夜一夜物語」の回を観て以来、行ってみたいと憧れていた、栃木県足利市で営業50年を超えるコーヒー屋台〈アラジン〉へ。 pic.twitter.com/BDaVsUF2R4
二代目の時代(1985年~)
父・弥四郎さんの死後、次郎さんは一人でアラジンを続けることを決意します。その1年後、銀座の割烹料理店で板前を務めていた兄の哲夫さんも加わり、兄弟二人での運営が始まりました。
変わりゆく街との共生(1990年代~2010年代)
周囲の景観は大きく変化していきました。隣接していた川は暗渠化され、のどかな田んぼは住居や商店に変わっていきました。しかし、二人は場所を変えることなく、父から受け継いだ味と雰囲気を守り続けました。
メディアでの注目(2010年代~)
2011年にTV番組「アド街ック天国」で取り上げられるなど、メディアでの露出が増加。県内外から多くの来客があり、若い世代の客層も増えていきました。
転換期~現在(2021年~)
創業50周年という記念すべき年に、大きな転機を迎えます。長年親しんだ場所からの移転を余儀なくされますが、常連客の力を借り、営業場所を確保。カーポート付きの場所で、悪天候にも比較的強い環境を得ることができました。
2024年、移転後も変わらぬ味と雰囲気で営業を続け、53周年を迎えました。時代と共に変化する中でも、「人と人をつなぐ場所」としての本質は決して変わっていません。国内外から訪れる様々な客層が、この小さな屋台で心温まる時間を過ごしています。
栃木県の屋台カフェ「アラジン」のメニューはコーヒーのみ。
— 旅人YAMA@日本分割7周目 (@yama31183) November 7, 2021
それで50年続いてきたのだから、そりゃ美味しいに決まっている。
50年続けてきた場所からの移転を余儀なくされて、別場所に移転して4週間。
前の場所も情緒があったが、今回の場所も居心地いい。
末永く続いてほしい。#カフェアラジン pic.twitter.com/EHEQTXF8CX
屋台カフェ・アラジンの魅力
- オリジナルブレンドのホットコーヒーのみを提供(500円)
夕暮れ時、足利の街角に一台の屋台が姿を現します。開店準備は実に丁寧です。哲夫さんと次郎さんの兄弟が、一つ一つの作業に時間をかけ、心を込めていきます。
屋台をセットし、周りにベンチやテーブルを配置し、中東風の布をカウンターに敷き詰めていく。装飾品や鈴を飾り、父・弥四郎さんが描いた中東のモスク画を掲げる。
次郎さんは大きな缶からコーヒー豆を取り出し、一粒一粒丁寧に選別を開始。このブレンドと焙煎所は、父の代から50年以上変わっていません。
ネルドリップで丁寧に淹れられるコーヒーは、すっきりとした味わいの中にしっかりとしたコクがあります。「コーヒーだけは自信がある」という次郎さんの言葉には、半世紀にわたって守り継いできた自負が込められています。
日が落ちると、オイルランプの柔らかな明かりが辺りを包み込みます。コーヒーの麻袋で作られた天幕の中では、テーブルに置かれたキャンドルの炎が揺らめき、まるで異国の路地裏にタイムスリップしたかのような空間が広がります。
ここに訪れる人は実に様々。小学4年生の常連客は、大人顔負けの本物のコーヒー好きで、ブラックを愛飲。40分もかけて埼玉から通う熱心なファンもいれば、外食後の締めくくりに立ち寄るカップル、仕事帰りのビジネスマン、時にはオーケストラの楽団員も。
天候との闘いも、この店ならではの物語を生み出します。猛暑日や寒波の中での営業、月明かりや星空の下でのコーヒータイム、イチョウ並木での秋の営業など、季節ごとに想い出がリアルに積み上げられていきます。
次郎さんいわく、長年続けてこられた理由は二つ。
- 「同じ品質のコーヒーを出し続けること」
- 「聞き上手であること」
哲夫さんも「いろいろなお客さんとの思い出がたくさんあり、出会いに感謝している」と静かに語ります。
黙々と準備をしながらも、常に客への目配りを忘れない。カフェ・アラジンの本当の魅力は、この変わらぬ姿勢と、そこから生まれる温かな人間関係にあるのかもしれません。
屋台カフェ・アラジンの店主
初代店主のプロフィール・経歴
- 名前:阿部弥四郎(あべやしろう)
- 15歳で欧州航路のコック見習いとして就職
- 25年間、外国船の料理人として勤務
- 戦後は神戸のレストランでフレンチシェフを務める
- 65歳でカフェ・アラジンを開業
弥四郎氏が夢見たのは、かつて欧州や中東で目にした路上のカフェ文化でした。人々が一杯のコーヒーを囲んで語り合う、その温かな光景を足利の地に再現したいという思いが、カフェ・アラジンの原点となっています。
2代目の店主のプロフィール・経歴
- 阿部哲夫さん(77歳):元銀座の割烹料理店板前
- 阿部次郎さん(72歳):元郵便局員
- 1985年から兄弟で店を継承
- 父の遺志を継ぎ、味と雰囲気を守り続ける
時代と共に変化を求められる中でも、兄弟は父から受け継いだものを大切に守り続けています。コーヒーのブレンド、豆の焙煎所、そして何より「人と人とを繋ぐ場所」としての在り方を大切にしています。
今朝は栃木県足利市で夕方から開店する屋台コーヒー「カフェアラジン」の阿部次郎さん。安倍さんのお父さんが47年前に始めた時から同じ場所で営業。明かりはランプだけ。コーヒーは4種類の豆をブレンド、飲んでみるとすっきりと澄んだ味わいでおいしい!途切れることなくお客さんが来るのも納得です。 pic.twitter.com/yXAkoHTwyi
— Honda Smile Mission (@tokyofm_hsm) July 5, 2018
利用者の声
- 「こんなにおいしいコーヒーは東京にもない」(50代常連客)
- 「マスターの人柄に惹かれて通っている」(女性客)
- 「若い世代でも気兼ねなく話せる雰囲気が魅力」(20代男性)
- 「寒い中で飲む温かいコーヒーが格別」(カップル客)
常連からは「週に一度は必ず来る」という声が多く聞かれます。遠方から訪れる客も少なくありません。
その魅力は単にコーヒーの味だけでなく、店主との会話や他の客との交流も含めて。小学生から高齢者まで、実に幅広い層が訪れるのも、このカフェならではの特徴といえます。
まとめ
半世紀以上の時を経て、カフェ・アラジンは単なるコーヒースタンドから、足利の文化的シンボルへと進化を遂げています。
その間、街並みは変わり、人々の生活様式も大きく変化しました。しかし、ここにあるのは決して懐古趣味的な「昔ながら」の価値だけではありません。
ここにあるのは時代を超えて変わらない「本物の価値」。それは、一杯のコーヒーを介して人と人とが出会い、語らい、心を通わせる場所としての存在意義です。
新たな場所での営業を始めた今も、カフェ・アラジンは足利の夜に、温かな光を灯し続けています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。